西川静流ってどんなひと?

2020年9月25日 │

突然ですが、私東京支店セクションチーフの西川について、「自分史ブログ」を書くことになりました。このブログの中で、皆さんと私の人生を振り返ると共に、私自身がどんな人なのか?をお伝えできればいいなと思っています。

まずは簡単なプロフィールから。

西川静流(にしかわしずる)
静岡県沼津市出身。1995年生まれ。25歳女子。

イベント21は入社4年目。(17新卒)
今やらせていただいている主な役割は、
・東京支店長
・ツアー委員会委員長
・コアバリューリーダーシップチームリーダー

人生のモットーは
「毎日今が1番楽しく面白い人生を ! 人生常にアップデート!」

そのために、
・とりあえずなんでもやってみる
・常に刺激的な選択をする
・ポジティブに考える
・なんとかなる精神
・自分から学ぶ姿勢
などを大事に生きております!

マイコアバリューは恩送り

とにかくお酒とダンスと楽しいことならなんでも好きです!

では早速西川の軌跡を振り返ってみましょう!(笑)

★幼少期★

2歳のころの静流

1995年1月31日 静岡県裾野市にて西川家の長女として生まれる。
父・母・8歳上の兄と4人家族。

家族がアウトドアタイプで、お腹にいるときから兄のサッカーの試合やキャンプに行ったりしていたそうです。当然生まれてからもいろいろなところへ連れまわされ、それはそれは活発に育ちました。

静流伝説①
2歳のときに補助輪無しの自転車に乗れるようになる。

静流伝説②
3歳のときに、母親が私をおんぶしたまま転倒。放り投げだされて足を骨折。ものともせずにギブスでコツコツと歩いて普通に遊ぶ強さ。

とにかく元気で8歳上のお兄ちゃんとその友達に遊んでもらうのが大好きでした!

★小学生~中学生時代★

小学生時代もとにかく活発で、
「ちょっと掃除してよ男子~!」
とかいっている典型的な女子でした。(笑)

両親がいろいろな経験をしてほしいと、習い事やイベント事にとにかくたくさん連れてってくれました。
・ダンス
・ピアノ
・一輪車
・卓球
・英会話教室
・アウトドアキャンプ
・演劇
・陸上  ・・・etc

中でも印象的なのは、
・小学4~6年生の3年間地域の小学生を集めたアウトドア体験をできるサークルに行っていたこと。
・小学6年生のときに無人島サバイバルキャンプに行ったこと。

静流伝説③
小6で1週間広島の無人島でサバイバルキャンプに参加。母から「行ってみる?」と言われて「行く」と即答したそう。覚えてないけど。

この2つの経験は、学校の先生でもなく、親でもない、地域の大人と初めて密に関わることによって、いろいろな新しい学びを得た私の人生の中でも貴重なものです。
後に、自分も地域の子どもたちと遊ぶようなボランティア団体へ所属するルーツにもなっています。

中学生のときは、「バスケットボール部」に所属。

ミニバス経験者がレギュラーを獲得していく中、「初心者」と言われる私たちにはなかなか試合に出る機会がなく、後輩にも追い抜かれていくのがとても悔しい日々でした。

私はとっても負けず嫌いなのですが、その性格は思えばこの中学時代の経験が大きかったのかもしれません。

★高校生時代★

高校は、地元のそこそこの進学校へ。勉強も部活も両立して頑張ろう!というタイプの高校でした。

部活は、中学時代のように経験値の差で負けるような競技はイヤだ!という想いから「女子サッカー部」へ所属。
ちょうどなでしこJAPANがワールドカップで優勝する前年に入部してます。

高校時代は、勉強もそこそこにとにかく部活!部活!の毎日でした。
毎日仲間とわちゃわちゃしながらサッカーして、部室でいろいろと語り合って、という日々が楽しくて仕方なかったです。(笑)
今でも高校時代の部活の仲間とは連絡を取り合っています😊

部活ともうひとつ打ち込んでいたのが、「ボランティア活動」です。
前術している、地域の子どもたちと遊ぶボランティアだったのですが、
自分が小学4~6年生のときにお世話になっていた団体に、リーダーという大人の立場で戻りました。
リーダーは、子どもたちのコミュニケーション能力を育んだり、アウトドアを体験できるようなプログラムを考えて一緒に遊んだりする役目です。

あまりボランティアという感覚はなく、ただ子どもたちと遊ぶのが楽しい!とか、一緒にやっているリーダーの先輩たち(社会人の方たち)と関わって新しいことを学んだり、知らないことを話たりするのが楽しいという感覚があって、続けていました。

今思えばここで学んだことは「恩送り」の精神です。

自分が作ってもらっていた環境を、次の世代の子どもたちへ同じように提供する。運がいいことに私にはそれを体験するための場が近くにありました。

★大学時代~日常編~★

大学は、山梨県にある「都留文科大学」へ入学しました。

教師を目指す人が多くいる大学ですが、私は「社会学科 環境コミュニティ創造専攻」という学科で、教職とは関係ないところでした。

この大学を目指したきっかけは、高校生の頃やっていたボランティアです。
親でも、先生でもない地域の大人と関わる機会って普通に生活してたらあまりなくて、でも子どもが育つ上でとても大切なことなのではないか?という風に思うようになりました。

そこで、地域コミュニティに興味を持ち、それが学ぶことができる大学を目指しました!

大学生活は、新しいことだらけでとっても刺激的でした!

初めての1人暮らし、初めてのバイト、初めてのサークル、初めての飲み会。
毎日毎日人と出会うし、どんどん友達増えていくし、何て楽しいところだここは!と思いました!(笑)
「人生の夏休み」と言われるわけですね!

大学生活で一番打ち込んだことは、「ダンスサークル」の活動です!

いわゆるストリートダンスを練習して、パフォーマンスして、みんなでワイワイするというようなサークルだったのですが、女子しかいなかったせいか、結構みんな本気で頑張っていて、ほぼ部活のようなサークルでした。

年に4回パフォーマンスできる機会があって、そのパフォーマンス前2週間は、毎日朝・昼・夜ひたすら練習するんです。
練習室とかないので、3号館という建物の窓を鏡代わりにして。

2~3年生の時は正直授業よりも打ち込んで、結構授業さぼって練習してました。(笑)

大学がある都留市は、とても田舎で、遊ぶところと言ったら、居酒屋かカラオケかボーリングくらい・・・
ということで、お酒を覚えてからはひたすら飲み会の毎日でした。(笑)

でも飲み会からいろいろな交友関係が広がったりして、いつも刺激的で楽しかったです!

サークルの友達や同じ学科の友達で、一生付き合っていきたい仲間にも出会いました。

勉強の方は、3年生から「環境教育ゼミ」というゼミに所属し、地域でこどもを育てる重要性の研究をしておりました。

少し変わったゼミで、毎週教室で参考書を読んだり、卒論を進めるだけではなく、体験型の授業も多かったです!

・森のようちえんで幼稚園児と森で自然を生かした遊びをする
・大学の裏山で自然観察
・福島の南会津でサバイバルキャンプ
・岩手の釜石で被災地視察

南会津でのキャンプ
森で遊ぶゼミの先生と子どもたち

体験しながら、実際に感じながら学ぶことができてとても面白く、楽しい授業でした!

卒論で研究したテーマは「地域教育」
地域で子どもを育てることが大切であるよね!絶対!って思って、実際に地域教育が活発な地域へ行って話を聞いたり、文献を読んだりして学びました。

子どもの頃からの自分の体験も含めて、やっぱり地域コミュニティの大切さを感じました。この頃から、いつかは自分も影響力を持って、地元地域を元気にしていきたいなあと思うようになりました。

大学時代は、そんなこんなで、好きなことも好き放題できて、学びたいことも学べて、大切な友達にも出会えて、ほんとに濃くて素敵な時間を過ごさせてもらいました。改めて、行かせてくれた両親に感謝です。

余談ですが、都留市の隣にある、富士吉田市で有名なB級グルメに「吉田うどん」があります。とってもおいしいので、ぜひ一度食べてほしい!
中毒性があるので絶対ハマると思います!
私は一時期、週4でこのうどんを食べてました。(笑)

吉田うどん@石井

★大学時代~就活編~★

ようやくイベント21へ近づいてきました。(笑)

私の就活は振り返ってみても波瀾万丈あったなあと思います。

もともとなんとなく「イベント」の仕事してみたいな。と思ってました。
なんでかと言われると、明確な理由があったわけではないのですが、
「みんなが楽しんでくれるイベントを企画することが好きだった。」
「自分がパフォーマンスする中で、みんなが笑顔になるそんな環境を創り出すことに興味があった。」
「単純に楽しそう。楽しいことして仕事したい。」
「人に喜んでもらえることが好き。」
たぶん理由はそれくらいふわっとしてました。

当時の私は就活の仕方を全然知らず、
とりあえず合同説明会に参加したり、少し興味ある分野の説明会に参加したり、
みんながやっていることを真似するように活動してました。

今思えば全然本気で取り組めてなかったと思います。

自己分析もそこそこに、とりあえず広告系の会社や、メディア系の会社へエントリーして、履歴書書いて、送ってを繰り返してました。

書類審査はだいたい通ってたので、一次面接に行くんですけど、なかなか二次面接にいけないんですよね。
毎回お祈りメールをもらってて。

それはそうですよね、本気で入りたいと思ってないので。
たぶん面接官に伝わってたんだと思います。取り繕った志望理由を言ってることが。

そんなこんなで、第一志望と言える企業も見つけられぬまま、なんとなく就活を続けていました。

ある時、初めて最終面接までいけた会社があったんです。
地元静岡の広告系の会社だったのですが、地元だし、志望している業界だし、何よりそのとき私にはまだ内定が1つもなかったので、焦りもあって、その時では一番対策立てて、絶対受かってやろう!という気持ちで面接を受けました。

数日経って、人事の方から連絡があり、
「西川さんが希望の広告ではなく、保険事業の方であれば内定出します。どうするか考えて、明日までには返事をください。ただし内定を受けたら、辞退はできないです。」
と言われました。

めっちゃくちゃ迷ったんですよ。
やっと内定もらえる!という安心感と、でも自分のやりたい仕事ではないし、しかもそんな重要なことを1日で決めないといけない。

親にも、友達にも、大学の先生にも相談しました。
いろいろとアドバイスはくれましたが、最終的にはやっぱり自分で決めな。
と言われます。

ほんとに真剣に考えて、私は、
まだ7月だし、これから違う縁があるかもしれないし、やりたい職種じゃないし、ていうかこんな大事な決断を1日で迫るような会社は入社してからもそうやって理不尽に選択を迫られることがあるんじゃないかなと思って、内定を辞退しました。

ここで私は振り出しに戻りました。
選考を受けていた会社が全て無くなり、1からのスタートです。

そんなときに出会ったのが「イベント21」という会社でした。

イベント21は、ネットで「イベント会社 求人」で調べたら、確か上から2~3番目に出てきたので、とりあえず会社説明会に申し込んだ会社のひとつです。

ただ実は会社説明会が行われる予定の日は、どうしても外せない予定があり、ダメ元で別日程で予定はあるか?という確認のメールを送りました。

すると、「西川さんの予定に合わせて個別で会社説明しますよ!」と言ってたいただいたんです。その当時どなたが返信してくれたのかわかりませんが、私はこの時点で他の会社とは違って優しいなと感じていました。

実際に東京支店に訪れてみると、なんと私のために4人もの方々が準備して待っていてくれました。(笑)たかがイチ学生のためにここまでしてくれるのかと驚いた記憶があります。

その時メインで進行してくださったので、その年入社した新卒の方でした。
入社して3~4か月でこんなに会社のことを伝えらるようになるというかこんなにしゃべれるんだという衝撃を受けたと同時に、この会社は新人とか関係なくどんどん挑戦していける会社なんだなと感じました。

そんな会社の雰囲気もそうですし、何よりイベント21の理念である、

you happy, we happy!

が素敵だなあと思いました。
私も誰かの役に立ったり、喜んでもらうことによって幸せを感じていたので、まさに自分の目指す方向だなと感じ、ほんとに直観で「この会社入りたい!」と思いました。

そこからエントリーして、一次面接、二次面接へと進んでいきました。

今までと違って本気で入りたい!と思っているので、自分の想いがすらすら伝えられたと思います。

二次面接は社長との面接でした。
面接と言っても、正直面談に近かったですが。(笑)

社長とはこのときはじめてお会いしたのですが、一瞬で社長の雰囲気に惹き込まれました。
・まずゴリゴリの関西弁でめっちゃ笑顔
・ほんでめちゃ声デカいし、めちゃ爆笑するし、笑い声もデカい
・面接なのに「よう来たな~」となぜか労ってくれる
こんな絵にかいたような明るい人いるんだという第一印象でした。(笑)

でも緊張してたし、人見知りで人と打ち解けることが苦手な私にとっては一発で緊張がほどけ、話しやすい雰囲気を作ってくださりすごく嬉しかったです。

社長との面接の中で、今でもすごく印象に残っている話があるのですが、
「今までで挫折したことは?」という質問です。

私はありがたいことに、大学生まで周りの人や環境に恵まれていたおかげで、あまり挫折ということをしたことが無かったのですが、その時考えて出た答えが、

「今、ですかね。」
「今が一番人生で挫折を感じています。」

でした。
就活で内定をもらえず、振り出しに戻った自分が一番悔しかったんです。
今まで結構人生頑張ってきたけど、こんなにも受け入れてもらえないのか。
自分は社会から必要とされない人間なのか。
と悩んでいる真っ最中だったので。

そのときの社長からの言葉は、
「なんでなんやろなぁ。西川さんは今少し話をしただけでも、いろいろ経験してきてるし、めっちゃいい子だと思うんやけどなぁ。」

そこで就活していて初めて受け入れてもらえた気がして、
思わず泣いてしまったんですよね。

イベント21の面接あるあるなのですが、「最終面接で感情高ぶって泣く」これ実は私もやってました。(笑)

その時に改めて、「この会社で働きたい!」って思いました。

そしてそんな強い想いが伝わってか、無事イベント21から内定をもらうことができました。

★イベント21へ入社★

7月に内定をいただいてから、定期的にインターンに参加させてもらいました!

インターン期間は、
先輩の現場に同行させてもらったり、
ハイエースで配達に出たり、
会社の理念や文化を深めたり、
営業の基礎を教えていただいたり、
電話対応を練習して実際にお客様の電話に出たり、
いろいろな経験をさせていただきました。

そんなインターン期間で東京支店の先輩たちや、
同期の仲間たちとも仲良くさせてもらい、
楽しい社会人生活が待っているなととても楽しみな気持ちで入社を迎えました。

入社前に東京支店の先輩たちが新卒歓迎会を開いてくださいました!
めちゃくちゃ歓迎してくれて嬉しかった記憶があります!

懐かしき武田リーダーとの初2ショット(若い~)

入社式をしていただいた経営方針発表会の懇親会での出来事も印象深いです。

you happy, we happy!プロジェクト

先輩社員の方々が、地元の親に会いに行き、自分へのメッセージをもらってきてくれました。

その時の衝撃と言ったらなかったです。(笑)
えー!なんでこんなにしてくれるの???????
この会社すげーーーーっ!
て感じでした。

社長が「みんな驚いたやろ。これがイベント21や!」
と言った瞬間心から、この会社入ってよかった~!と思いました!

詳しくは社長ブログに書かれているのでぜひコチラをご覧ください!

新卒が一番前に一列で動画を見ている様子

翌日の新卒研修での出来事もよく覚えています。

周りの同期のね、やる気がね、すごかったんですよねぇ~!

2日間ある新卒研修のうち、1日目に来れなかった同期のために夜遅くまで1日目のまとめをしてノートにまとめたり、新卒研修ではガンガン手挙げて発表していたり。
私もそこそこやる気あったと思うんですが、それを同期が圧倒的に超えてきたので、やばい!ついていけない!状態でした。

後々に聞くとあの時の新卒のやる気は先輩たちから見ても異常だったらしい。(笑)
(まあ当時やる気まんまんだった彼らはほとんど今おりません…。)

いろいろ含めていい思い出です!(笑)

3か月目標にMFS-33という意味わからない目標を立てている私。

★入社1年目~2年目★

特質して目立つこともなかった1年目

イベント21に入社して、武田リーダー率いるチームTに配属されました!

のんびり優しい武田さんと、仕事覚えのいい同期と同じチームで、サブリーダーがいなかったせいで武田さんが少し大変そうでしたが、それなりに楽しく、一致団結してやっていました!

私自身も昔から要領はいい方だったので、最初の方の成長スピードは速かったと思います。しかし、私は今までの人生もそこそこで生きてきて、あまり一番になったりすることがなく、人よりちょっとできる人というポジションでした。

新卒研修のときに感じたように、周りにはすごい頑張っている同期がたくさんいて、当初はそんなに目立つような存在でもなかったかなと思います。

入社して3か月のタイミングで行われた東京サマーコンベンションで、アワードがあったのですが、新人が獲ることのできる3つの賞にも選ばれず、人知れず悔しい想いをしたのを覚えています。

1番にはなれないけど、着実に積み重ねて成長しようと頑張っていました。

入社して半年が過ぎるころ、同期の間では「仕事辞めたいなぁ」という話がよく出てきて、同期飲みではひたすら会社や仕事の愚痴のオンパレードでした。
(今だから言える話ですが・・・)

私はそんなネガティブだらけの同期との話がとても嫌で、楽しいし面白いこともたくさんあるのになあと思っていました。
かと言って、否定する勇気もなく、ただなんとなくその場にいるという自分に対しても情けなさを感じていたと思います。

そんなことを言っていた同期たちは案の定辞めて行き、
私は私で頑張ろう!と改めて心に決めて行動していました。

そんな時期だったと思いますが、
「西川さん来年リーダーやる?」

とお声掛けいただきました。
私はこの会社で頑張るならどんどんステップアップしていきたいし、ぜひやりたい!と思ってすぐに返事をさせていただきました。

それまで自分なりに頑張ってきたことが、ひとつ評価されたということがとても嬉しかったです。

悔しい想いをした、経営方針アワード”新人賞”

毎年3月に行う経営方針発表会では、「アワード」があるのですが、
その中の”新人賞”を受賞することが私にとって、大きな目標でした。

”新人賞”はその年入社した新人の中で圧倒的に結果を出した者がもらえる賞で、
私は、その賞を受賞できませんでした。

一番大きな指標となる数字の部分で1番になれなかったことが原因かなと思っていますが、めっちゃ悔しかったです。
同期に対しておめでとう!という気持ちと、悔しい!という気持ちの両方で泣いてました。(笑)

翌日の新卒で研修で、先輩の経験談を語るというコンテンツで、新卒の前で、「この1年どんなことを学んできたか」を話す機会がありました。

そのときに、どういう経緯だったかは忘れましたが、(笑)
話しているうちに昨日のアワードでの悔しい想いがこみあげてきて、泣いてしまったんですよね。そして、新卒と多くの先輩の前で、「圧倒的に成長して結果を出したいです!」と宣言しました。

新卒に経験を語るはずが、なぜだか自分のこれからの成長を宣言する場となってしまったのですが、次の1年を走り切るために、覚悟を持った瞬間でした。

イベント21での一番の転機「恩まつり」

私は、2年目から「関東イベント21祭り実行委員会」の委員長を任せていただきました。

イベント21祭り(通称:イベまつ)は毎年関東関西で行わられるイベント21主催の地域イベントなのですが、1年目から委員会メンバーとして関わってきて、委員長をやることになりました。

関東のイベまつは、5月末にイベント本番を控えていたので、実質1年目の秋ぐらいから委員長としての仕事をしておりました。

私が委員長になると決めた時に、やりたいなと思ったことは、「屋外で開催すること」
イベまつはそれまで、東京支店近くの小さなホール(屋内)で行っており、集客も400人ほどの小さなイベントでした。

でもせっかくやるなら、多くの人に来てもらいたい。その為には人が集まりやすい屋外の会場で行う必要がある!ということで、初の屋外開催を目指して動いていきました。

一番苦労したのは、会場探しでした。

委員会活動ということで、利益が出る訳ではないので、予算もそれほど多くなく、安くて、集客ができて、予定が空いている会場を探すことが難しかったです。

なんとか会場を借りる為にプレゼンをさせてもらうチャンスを獲得しました。当時一緒に進めてくれていた古田さんや委員会メンバーと話あって、一生懸命プレゼン資料を用意しました。

会場の人々へ、自分たちのイベントのコンセプトやお客様に喜んでもらえるポイント、会場にとってのメリットなどをプレゼンし、なんとかやり切って終わりました。

しかし、結果は不合格。

結構自信があったので、とてもショックでした。
でもそんなに落ち込んでいる暇もなく、刻一刻とイベントが迫る中で、早く会場を決めないといけない!という状況。

やっとの思いで、「中野セントラルパーク」さんと出会うことができました。
担当の方がとても良い方で、私たちが希望する条件を全て受け入れてくださいました。

ようやく会場が決まってからはあっという間で、
コンテンツを考えたり、
集客方法を考えたり、
ステージ出演者を考えたり、
とにかく毎日がむしゃらにやっていました。

当時の想いを綴っているものを振り返ると、
「チームリーダーとしてチームのことや、後輩のことも見ないといけないし、営業として自分の数字も稼がないといけない。、そんな中でイベまつも進めないとやばい。しかも自分が上手くリーダーシップを取れず、周りに仕事を振れなくてしんどい。」というようなことが書いてありました。

確かイベまつ1か月前くらいの林さんとのセッションで、うまくいかなくて、どうしたらいいのかわからないと、セッション中ひたすら泣いていて、それを林さんがひたすら黙って受け止めてくれたときがありました。(笑)

正直もうその時のしんどさは全然思い出せないですが、そうとう大変だったんだと思います。

そんなこんなで周りの方々にたくさん助けてもらいながら、なんとか当日を迎えました。

実際にイベントを開催してみると、集客はなんと2000人程となりました!

自分もまったく予想しないほどお客さんがたくさん来てくださり、
お客様や社員のメンバーがめっちゃ楽しそうにしている姿を見て、
それまで感じていたしんどさが一瞬で吹き飛びました

だからほんとに楽しかったという感情しか残っていないんですよね。

振り返ると、たぶんココが自分にとって、イベント21に入って1つ目のターニングポイントだったんじゃないかと思います。

「拠点長になる」という大きな挑戦!

2年目の秋口、翌年の組織図が動き出す頃でした。

その当時東京支店長だった古田さんに「西川さん拠点長やらない?」と言われました。
最初はいつもの古田さんの冗談だと思い、「まさか(笑)」と言って流してましたが、古田さんはどうやら真剣で、「なぜ急に拠点長?」とハテナだらけでした。

私自信も急すぎて戸惑いがすごかったです。
当時は、翌年サブセクに挑戦しようかどうかを悩んでいたので。

このときは、恐らく人生で一番悩んだと思います。(笑)

拠点長に推薦してもらえるのは嬉しい。
でも、自分が拠点長になる姿は想像できない、自信がない。
わからなさすぎて不安。
でもこんなチャンス二度とないかもしれない。

ずーっとループで、めちゃめちゃ悩みました。

最後まで自信の無さも、不安もまったく消えませんでしたが、
持ち前のポジティブさで「まあなんとかなるっしょ!」と思い、
拠点長に挑戦することを決めました。

人生で一番の決断です。

1年前の悔しさを晴らす、経営方針アワード”最優秀賞”受賞

新卒研修で、「圧倒的に成長して結果出したいです!」と言ってから1年。
自分なりにいろいろ考えながらがむしゃらに行動しておりました。

委員長としての結果や、拠点長になるという挑戦が評価され、経営方針アワードで”最優秀賞”を受賞することができました。

まさか自分が受賞できるとも思わず、呼ばれた瞬間すぐに目頭が熱くなりました。(笑)

1年前宣言したことが、実現することができて、ほんとに言語化できないくらい嬉しかったです。

★入社3年目~4年目★

右も左もわらかない拠点長1年目

入社3年目に入ると同時に私の拠点長1年目が始まりました。

最初はほんとに全く何したらいいかわからなかったです。(笑)

ありがたいことに、同じ拠点内に古田さんもいましたし、頼りになる根本さんもいたので、ほんとに周りの方々に頼りっぱなしでした。

ただ、わからないなりにも主体性を持ってどんどん挑戦していける拠点にしたいなという想いはありました。

正直最初の頃は、周りの先輩方とか、他の拠点の拠点長の方々から、「こいつで大丈夫か?」という不安の目で見られていたと思います。(笑)

仕方ないですが、やはり悔しさはありました。
かと言ってすぐに結果を出せるようなことでもないので、コツコツと頑張って認めてもらうようにするしかないなと思いました。

私が拠点長1年目に心掛けていたことは、
・まずは自分が背中を見せること
・率先して手を挙げ、挑戦すること
・本気で相手の成長を考え関わること
・自分の想いを発信すること
です。
と言っても意識して心掛けていたというよりは、自然とそういう行動になっていたと言った方が正しいのですが。

試行錯誤を重ねて、こうした方が拠点として良い方向にいくなと感じたことを実践してきました。

拠点長1年目に私が一番感じたことは、「環境が人を育てる」ということ。
拠点長という環境になったからこそ、感じること、学べること、がたくさんあって、それは拠点長ではなないただの入社3年目だったら得ることのできないことがほとんどだと思います。

1年間拠点長をやってみて、もちろん大変なこともあったけど、それよりも楽しくて面白くて、成長できて、あの時間違いなく「拠点長に挑戦する」を選んで正解だったなと感じました。

マネージャーになるという決断

世間がコロナパニックで、イベント業界も大打撃。
イベント21も売り上げ9割減まで落ち込み、さすがにこの会社大丈夫かな?と思ったのもつかの間。

社長が毎日発信してくださる社長ニュースでは、「絶対に誰も辞めさせへん。むしろコロナのピンチをチャンスに変えるぞ!」と言ってくださり、さすがイベント21だなと思いました。(笑)

そんな入社4年目、拠点長2年目の8月。
転機は突然に現れました。

コロナの影響によりM&Aの話が活発化し、イベント21が一気にグループ会社が増えるかもしれない!そしたら社長はどうする?という問いかけに対して、現マネージャーのお三方が手を挙げ、じゃあイベント21のマネージャーはどうする?

社長からその投げかけがあったとき、自分の中で一瞬にして「やってみたい!」という想いが湧き出ました。

拠点長になる前は、あんなに悩んで悩んで結論を出すのに何日もかかったのに、マネージャーに手を挙げるのは一瞬で決断しました。

それは、挑戦することで絶対に成長できるし、面白い人生が待っているということを知っっているから。

スキルや経験は足りてないかもしれないけど、一生懸命役割を全うしていく覚悟はあります。

周りも頼らせてもらいながら、頑張っていきます。

そして私や同じように次の役職へと挑戦する方々のように、どんどん挑戦しまくる面白い会社へと導いていきたいです。

さいごに

こうやって振り返ると、私は本当に周りの”人”と”環境”に恵まれて生きてきたんだなと感じます。

自分だけではこんな楽しくて面白くて幸せな人生歩んでこれませんでした。
今まで私に関わってくださった全てのみなさんに感謝しています。

今までもらってきた恩はもちろん返していきたいし、
自分から他の人へ恩送りしていきたいです。

そして、これからも「人生常にアップデート!」していけるように、日々頑張っていきます!

本当に長々と呼んでいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人:

西川静流

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