支店長に手を挙げる系アラサーを完成させる5つの魔法

2020年10月5日 │

こんにちは、東京支店の根本と申します。
イベント21の人をもっとより知ってもらおうということで、今各拠店のブログで「自分史」なるものを公開しています!
そして、今回は私の番。ぜひのぞいていってください!

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イベント21という会社に新卒で入社をし、早5年目。
立派な28歳アラサー真っ盛りの私が、実は少し前に次の「東京支店の支店長」に手を挙げさせてもらいました。
なぜ今ここで手を挙げたのか、そのおさえるべきポイントを5つにまとめました。

ぜひ、この考え方の一片が、どなたかのきっかけになればなと思い
筆を滑らせて行こうと思います。

魔法①シティガール12歳

東北から上京した男女が、社内恋愛の末に結ばれた結果
1992年8月16日に仙台市の病院で私は生まれました。
親兄弟が言う、子供の頃の基本性格は

・人見知り
・性格がまじめ
・一人行動がメイン
・変な所にこだわる、ひっかかる
・口調が理系(オタク)っぽい
・男子に見下されるのが嫌い(かといって強気ではない)
・バレンタイン、好きな男子の家の付近で小一時間うろついて渡せず帰るビビりぶり

とりあえず一言で陰キャとでも呼んでおきましょう。
親の影響でゲーム、漫画への趣向はあり、音楽が好きになったのもこの時期です。

実はこの時代、東京世田谷区を代表する高級住宅地の成城
の、坂の下にある質素ながらに暮らしやすい町で小学校までを過ごしました。

しかし、親の都合で卒業と同時に父の実家・福島に引っ越すことに。
卒業式終了後もまっすぐ家に帰り、PTA関係主催の卒業を祝う会も参加せず。
気を使った母親から、参加しなくていいのかと聞かれた私は

「会えなくなるね、さびしい~」「え、連絡するね!」
とか言われるのが無理だから参加したくない

と、かなりひねくれた返事をしていました。痛いやつ過ぎる。
比較的よく遊ぶ友達も数名いましたが、個別でお別れ会もしてないし
誘われてもないし、どうせ薄情なお別れの言葉を浴びるくらいなら結構です
というスタンス。

正直今も相当ひねくれておりますが、それが昔からというのがわかります。
しかしこのひねくれポイントが、私が拠店長に手を挙げた魔法の一つに繋がるのです。

魔法②中高時代で育むイモ感

全校生徒100名の中学へ通った私は、まじめさが功を奏し
ソフトテニス部部長、生徒会書記などを経験させてもらいました。
自分の行動によって、周りの人間関係や仕事が円滑になることを
しげく考えていたと思われます。

それでも自分が部長になるまでの、先輩部長の理不尽さは今でも覚えています。
超怖かった、けどその経験が私の軸になる「相手目線」の考えを確立させたのでしょう。

「何にこの人はイライラしている?」
「私が何を発信すれば、先輩と仲間がよくやれる?」
「仲間のしんどさを私の行動で何とか出来る?」

そんなことを考えながら、高校は文武両道を掲げる元男子校の進学校入学。
が、勉強についていけなさ過ぎて、運動部禁止令を親から出され物理部へ入部。

そんな時、仮入部で参加していたソフトテニス部から
「大会へ出るために人数が足りない、補欠でいいから参加してほしい」
という一言をきっかけに、親の禁止令は解けぬまま反対されながらも
【万年仮入部員】扱いで3年生の最後の大会まで必死に毎日練習をしてました。
理由は、同級生部員が0で次入ってくる後輩たちが心配だったから。

反対しながらも土日の練習に、朝はおにぎりを持たせてくれる母親
「かあちゃん見返すんだろ?」と勉強時間も管理してくれた顧問
私が万年仮入部員かつ、下手くそなせいで部を引っ張ることになった後輩たち

高校は遊んだ記憶も大笑いした記憶も出てこず、イモイモ真っ盛りで
華のJC・JKとは縁遠かったですが、、、「相手目線」「感謝」を深く学びました。

これが魔法ポイントの二つ目。

中学時代の学び舎。全校朝礼で実は校歌の伴奏をしていました。

魔法③親不孝者の典型的な大学生活

泊りがけ、1人でむかった大学入試で【東日本大震災】が発生。
電気も復旧しない、交通機関もまともに機能してない中、私が進学した大学は
他の東北全県が試験中止をしているというのに「試験行います」という
ファンキーさでしたが、そのおかげで無事合格し秋田での生活がスタートしました。

ここからはもう、いままでのまじめさは「人のためにだけあった」とでもいうように、学科内では【根本さん=授業いない】で名が通る堕学生。

そして私の学部で最もバカと言われる学科内のさらに一番イージーと言われた
二年生のときに留年を経験してしまいます。

じゃあお前は何をしていたんだという話になるわけですが
答えは簡単、主に3つ。

①軽音サークル
②塾講師アルバイト5年間
③コンビニ店員4年間

正直、この3つによって今の私の営業基礎・組織概念がぶちこまれました。
本当に親泣かせではありますが、将来の糧となった5年間です。

今でも大事な友達は大学でできました。
こんなにもいろいろなものを得させてもらえたからには、社会人になって
親孝行の一つでもしないといけんな、という想いが強くなるわけです。

いまの土台と大切なものを得たこの5年間が、三つ目の魔法。

大学最後のライブ後集合写真。周りはみんな、後輩です。

魔法④入社~3年目は好き放題

大学時代の軽音サークルで「もっと【現場】をまわせるようになりたい」が
きっかけでイベント21にたどり着き、入社。

とりあえず、全てのことは何でも自分の糧にしかならない、という精神で
【現場】をメインに絵積極的に経験をさせてもらいました。
今振り返ると、1~2年目のがむしゃら感は若干アウトロー思考に偏っていたとも思いますが、ここまでに至るまでに大切にしてきた「相手目線」がどんな風に結果生み出すか、を考えることに常に面白みを感じていました。

つまりこれが、組織マネジメント・コーチングへの興味にあたるのです。

が、しかし3年目はまだこの興味よりも「現場をできるようになる」ことを
目下の課題とし自分目線をおしきったことにより、上の興味をスキルとして得に行くチャンス=支店長への挑戦、を自ら捨てたのでした。

本心は
自分じゃできない、という逃げと
「誰が東京の現場をやるの、誰かがもっとレベルアップしなきゃ」という慢心と向上心。
これらを混ぜ合わせたドロドロが4つ目の魔法(原液)になったのでしょう。

去年まで恒例だった夏現場。日焼けのあとはまだ薄っすら残っている。

魔法⑤社歴4~現在5年目、得たものは?

チャンスを捨てたからには、結果を出そう。

こうしてスタートした4年目は自分との戦いでした。
とりあえず一言、過酷。

それでも同業とのつながり、仕事の幅は目に見えて広がり
3年目で打ち出した売り上げより4年目は下回ったものの、粗利は昨年を超えることが出来、自身の成長をかみしめることが出来ました。

納得しないと進めない、子供時代の魔法で登場した
こだわりとひねくれが融合した結果、やっかいなアラサーが生まれたわけですが
社会人5年目という数字が私の心に問いかけてきたのです。

「このままだとただのアラサーになっちゃうよね☆」
「どんだけぬるま湯につかればいいの☆」
「人に物いう前に自分の行動は☆」
「またわがままするか☆」
「いつ親孝行すんだよ☆」

すごいですよね、ひねくれ思考とビビり思考が悪化すると、こういった具合に心へいろんな声がなだれ込んでくるんです。
結果、「より多くのものをさらに良い状態にするため」に相手目線の名において
5年目の夏、支店長へ手を挙げて挑戦することを決めました。

結果を出すために得た、ある種の経験値が最後の魔法というわけです

夏の恒例現場その2。施工業者みんなで記念撮影。

【さいごに】五つの魔法の副作用

今回登場してきた魔法たたちはかけあわさることによって
「よりよい状態にするには」という思考への副作用がおきます。
用量用法をお行儀よく守る必要はありません。
一周回ってシンプルになります。

この効果によって手を挙げた私は今、支店長として東京支店を3つの塊に
作り上げたいと考えています。

「行動力」「責任感」「人間力」

すべてはひとえに「よりよい状態にするため」に繋がります。
面白くなってくる東京支店にこうご期待。

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この記事を書いた人:

根本 麻衣子

5年目社員。 現場によく行きます。テントが張られているイベント会場にわくわくします。 運営、制作、会場施工までトータルなご相談対応をしております!

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